3. バイオフィルムの壁を壊す―天然由来成分による分解効果の最新知見

バイオフィルムとは、細菌や真菌が形成する粘性の高い保護膜のことで、キッチンや浴室、排水溝、食品加工ラインなどに見られるぬめりの主な原因です。このバイオフィルムは、一度形成されると化学薬剤や高温処理でも完全に除去するのが難しく、病原性微生物の温床にもなりかねません。これが、医療・介護・食品業界でバイオフィルム対策が重要視される理由です。

最新の研究では、天然由来成分がこのバイオフィルムに対して効果的に作用することが明らかになってきました。特に植物由来のポリフェノール類や、L-アスコルビン酸、フミン酸などが、細菌の集合体であるバイオフィルムの構造を分解・解体する能力を持つことが確認されています。

たとえば、2020年の『Applied Microbiology and Biotechnology』誌に掲載された研究によると、L-アスコルビン酸は緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)や大腸菌(Escherichia coli)によるバイオフィルム形成を抑制し、既に形成されたバイオフィルムの厚みを約60%減少させる効果が報告されています。この効果は、L-アスコルビン酸が細菌間の情報伝達機構であるクオラムセンシング(QS)を阻害することによって引き起こされると考えられています。

一方、フミン酸については、2021年に発表された中国・南方農業大学の論文において、食品工場環境に存在するバイオフィルム形成菌(Listeria monocytogenesやBacillus cereusなど)に対して、フミン酸を含む処理液が構造的な分解を引き起こすことが示されました。研究では、フミン酸がバイオフィルムのマトリクス成分(主に多糖類)に対して化学的に作用し、細菌が付着しにくい状態を作り出すことが分かりました。

さらに、天然成分の利点は安全性の高さにもあります。塩素系薬剤や過酸化水素などの従来のバイオフィルム対策薬剤は、設備や素材を劣化させるおそれがあり、作業者の皮膚や呼吸器への刺激も懸念されてきました。対して、L-アスコルビン酸やフミン酸といった天然成分は、非腐食性で低刺激なため、厨房・調理器具・床材・浴室設備など多様な場所に安心して使用できるという実用面での強みもあります。

実用面では、これらの天然成分を利用した洗浄液やスプレーが、病院や食品工場、ホテルなどでの清掃用途に導入され始めています。実際、2022年に九州地域の水産加工施設で導入された天然成分由来の清掃スプレーは、従来比で清掃後のバイオフィルム再形成が48時間以上遅延し、かつ施設従業員から「刺激臭がない」「手荒れが減った」といったフィードバックも得られています。

今後は、バイオフィルムの種類や形成環境に応じて最適な天然成分の配合比率や、相乗効果を生み出す成分の組み合わせなどが研究されていくことが期待されています。天然成分による「安全で持続可能な衛生管理」が、業界標準となる日はそう遠くないかもしれません。

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